2011_03
16
(Wed)05:19

あの日

あの日、地震が起きた日。
昼ご飯を食べたあと、相方は夜勤前の昼寝。
私は息子に授乳をして、飲み終わったあと眠いとグズり始めたので、少し昼寝をさせようと布団へ連れて行った。
いつもなら息子のベビー布団へ寝させるんだけど、あの日は寝ている相方の横に置いた。
すぐに寝ずグズグズしたので私も添い寝して親子で川の字になった。
その直後。
グラッと揺れた。数日前に大きなのがきていたので体が強張る。
次の瞬間、横なのか縦なのか分からないほどに揺れまくり、息子を抱きしめた私を相方が抱きしめた状態で体が弾んで振り回されているようだった。
次々とタンスや本棚ありとあらゆるものが倒れ、台所で食器棚が弾み食器が飛んでガシャンガシャンと割れていく音がしていた。

きっと、揺れていた時間なんて長くはなかったんだろうけど、そのわずかな時間で家の中がぐちゃぐちゃになっていた。

私達がいた布団の周りには物があふれ、ベビー布団の上には飛んできた物が溢れ、鏡が枠から外れ危ない状態にあった。

もし、息子を一人寝かせていたら…
もし、授乳中だったら…
もし、相方のお弁当を作っている時だったら…
実は13日から南三陸町の実家へ行き数日滞在予定だったので、二日違えばどうなっていたのか…

今思えば、沢山の偶然で私は生かされたんだと感じた。

相方の実家で数日過ごし、ライフラインは電気が復旧した。暗くなれば明かりがつき、温かいものを食べることが出来る。なんて幸せなことだろう。
全国から助けに来てくださった人達に感謝と感動の気持ちでいっぱいです。
いまだ食事をすることも、寒さをしのぐことも難しい避難所の人達に申し訳ない。
頑張ろう!と思う半面、まだ連絡の取れない友達や親戚の安否に不安がぬぐえず、眠れない。

息子は良くなった湿疹が戻ってしまった。始めたばかりの離乳食もストップし、授乳時間は不安定になった。
私は母として息子に辛い思いをさせているんじゃないだろうかと悩みがつきない。

生かされた私に出来ることは何だろう。

今は、とにかく息子を守ること。そしてみんなの無事を信じて待つことしか出来ない。

今日も一日が始まる。
少しでも暖かくなって欲しい、避難所の人達が寒さで辛い思いをしないでいいように、気温があがってほしい。
沢山の救援物資が沢山の避難所へ届きますように。どうか沢山の命が救われますことを祈ります。
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C.O.M.M.E.N.T

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