2010_09
04
(Sat)21:43

ママになりました

報告が遅くなりましたが9月2日午前7時9分に3532gのデカイ息子をなんとか生み出しまして、ママになることが出来ました。

1日の18時に強めの陣痛が来まして、ただ二人ともまたいつもの前駆陣痛だろ~と思い、晩御飯を食べてお風呂に入ったりしながら治まるのを待っていたのですが、いつもとは違い痛みが治まらず、そうこうしてると20時45分に10分間隔へ、そして21時には5分に縮まってきて「やばい・・・なんか本気かも?」と冷や汗で病院へ連絡しました。
すぐに来てくださいと言われ、慌てて出発したのです。

そこからは私の意識は陣痛の痛みであやふやなのですが、到着時点の内診で子宮口が5センチになってますと言われ、そこから25時に全開になり、これは安産ですよ~と分娩室では和やかムードだったんですよ。
が、実はこっからが私も他の皆様の例にもれず大変だったんです。
もしかしたら1時間かからないで産まれるかもしれないですねってことだったのですが、いきんでもいきんでも頭がちょっと出るだけで、予想外の6時間経過・・・理由は赤ちゃんがデカすぎて頭が出てこれない為と判明・・・。

何度も何度も襲ってくる陣痛の痛みに苦しんでいるうちに、どんどん私の体力が消耗してしまい、最終的には「出します!」と言われ、明け方で人手不足だった為に、陣痛が来るたびに右足を旦那、左足を研修医の青年に空中に抱え上られ、分娩台に先生が乗って私の腹をぎゅむぎゅむ押しながら、助産師2名で赤ちゃんを引っ張り出しての出産になりました。
吸引ではなく、あくまでも自然分娩です。通常こういう状態だと叫んだりパニックになったりする方が多いそうで、その場合は吸引だったり帝王切開になったりするそうなのですが、私が叫ぶこともパニックになることもなく冷静だったので、下から出しましょうとなったそうな。
後で助産師の方から「冷静に呼吸法を守っていてすごかったですね」って言われたんですけど、呼吸が乱れると赤ちゃんの心音が乱れて怖かったし、痛いって叫んでも治まるわけじゃないから叫ばなかったんですよね。
あの時は、自分はどうなってもいいから赤ちゃんを守るんだって思ってました。いやー思い返すと母ってすげーって人事のように思います。

旦那は立ち会いだったのですが、深夜は人手が足りない為に手伝って下さいと言われ、同じく研修医君も巻き込まれ、随分と恐ろしいものを見たようです。
しかし、おかげで命が産まれて来る、我が子がこの世に生まれ出る本当の瞬間に立ち会う事が出来ました。

このような出産だった為に、代償として私に降りかかったものがありました。
赤ちゃんが大きかったので息子はとっても丈夫で元気だったのですが、私が出血多量になってしまい通常は500mlくらいの出血で済むそうなのですが、その4倍にあたる2L程も出血したそうで、その後一日の意識と記憶があやふやです。
旦那に聞いたところだと、出産直後は分娩台と床が血の海になり、「生まれたよ」と私に話し掛けようとしたら死にかけた顔色の嫁が意識混濁で虫の息になってて怖かったとか。
そんな状態だった為、赤ちゃんの世話をするどころか自分の面倒も見れない状態になり、その日は点滴やらおしっこのチューブやら付けられて寝たきりになってました。

旦那の両親と、うちの母が到着した時も土気色で寝たきりの嫁を見て不安になったそうな。
でも孫はデカくて元気でホッとしたみたい。育てやすそうなガッシリ君です。

なんとか二日経過し、赤ちゃんのお世話が出来るくらいには回復しつつあります。
体調は出血が多かった為に貧血状態なので点滴やら鉄剤やら使ってますが、ご飯も食べられてるので大丈夫です。
出す為に、ハサミで出口(入口か?)をジョキジョキに切られたので、それがまだまだツライけども。

出産は貴重な体験でした。みんな出産は痛いけど、我が子を見たら痛みを忘れるって言ってた。確かに、死にかけたけど息子の顔みたら、まぁいっかって思えました。
ただ、また産むかって聞かれると・・・まだ微妙だわ。

授乳やオムツで振り回されてますが、幸せです。
こんな私を母にしてくれてありがとう。

子育てを頑張るつもりはないので、よき母になろうとも思ってません。
家族で一緒に生きていこうと思ってます。

心配や応援いただいた皆様、ありがとうございました。
これから息子共々よろしくお願いします。
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